競馬新聞を読むおじさんのオーラ

あなたは、隣にいる競馬新聞に必死な形相でにらんでいる人を見てどう思いますか?

昨日から東京で、とあるセミナーの潜入をしています。

カリスマやオーラについて、いっけん胡散臭く聞こえるような言葉が、自分が思っていたことと繋がって腑に落ちていってます。

実際、自分がそういうオーラをまとえるかとかは、今日のセミナーの内容になってくるとは思うのですが、そこは置いておいて、

なんかこの人を侮ってはいけないな

この人すごく人の事見ているな

この人の前では、自分は誤摩化すことができないなって感じる人

対峙した時に、襟を正さないといけないような空間を造り出される人

そういう人が自分が思っているオーラをもつ人だったんですが、そことセミナーの内容の繋がりで見えてくる物が多かったです。

芸能人やカリスマ美容師、カリスマ販売員、カリスマ塾講師等、カリスマとつくような人は沢山いてその人が出すオーラも強いものだと思うのですが、なんかそことは一線を画すというか、一つ次元が違うかなとも思います。

なぜそう思うかというと、オーラを出すのに必要なのは、対峙する人の事を守る「力」と、守るための「誠意」がないといけないから。

ようは、主従関係が自然とできていることです。

兄貴と子分みたいな関係を思ってもらえればと思います。

かなり男性性が強いですが、兄貴の懐の深さや器のでかさが「力」で、子分の責任は自分が取るだったり、子分の可能性を一番信じているような所が「誠意」となる部分です。

それを対峙して、関わろうとする人にできる人がオーラがある人です。

その人が侮れないのは、自分のことをしっかり見ている、可能性をみている、馬鹿にしているのではなくて、可能性を見ている人がオーラを持っているのです。

Anomalyで関わった人達はそういう人が多くいます。和佐さんや久米本さん、ナカムラショウさんはオーラがすごくあるなって感じてました。

やっぱり、共通点としてはその人のことをすごく見ていて、可能性をみている。

自分もそうなりたいと思うとオーラーを持ちたいと自然となりました。

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